決算の数字は、ほとんど文句のつけようがありませんでした。保険の本業は9四半期続けて高い利益率を保ち、運用の収益は四半期として初めて9億ドルを超えています。
それでも、質疑応答で最初に質問したアナリストが聞いたのは、数字のことではありませんでした。「前回までのあの言葉を、今回は聞かなかったのですが」という質問です。
アメリカの損害保険大手、トラベラーズの話です。ダウ平均を構成する30社のひとつで、企業向けの保険と、個人向けの自動車保険・住宅の保険を、独立した代理店を通じて売っています。
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※この記事で扱うのは、2026年10月16日に行われた、2026年7〜9月期(第3四半期)の決算説明会です。会社の開示と、その場での経営陣の発言に基づく事実で、僕の予測ではありません。次回の決算日は会社の発表待ちです。
💡決算説明会=決算発表の後に、経営陣が投資家やアナリストに向けて説明し、質問に答える電話会議。発言はそのまま記録に残ります。
その前に——損害保険の会社は、どこで儲けているのでしょう
保険会社の儲けは、ひとつの財布から出ているように見えます。実際には、財布が2つあります。
1つ目は、保険そのものの儲けです。自動車保険や火災保険の保険料を集め、事故や災害が起きたら保険金を払う。集めた保険料から、払った保険金と会社の経費を引いて残った分が利益です。
2つ目は、預かったお金の運用です。保険料は先に入ってきて、保険金は後から出ていきます。その間、会社の手元には大きなお金が滞留します。これを債券などで運用して、利息を稼ぎます。
💡合算比率(コンバインド・レシオ)=払った保険金と経費を、集めた保険料で割った数字。100%を下回れば、保険そのもので儲かっています。84%なら、100円の保険料から16円が残る計算です。
1つ目の財布は、保険料の値上げが通る時期には厚くなり、各社が値下げで客を取り合う時期には薄くなります。2つ目の財布は、金利が上がると、満期が来た債券をより高い利回りで買い直せるので、ゆっくり厚くなっていきます。
この記事の結論に効くのは、ここです。今回のトラベラーズは、2つ目の財布がはっきり厚くなり、1つ目の財布について語る言葉が少しずつ慎重になっていました。
3ヶ月前は社長が言っていた「続く」を、今回は質問されるまで言いませんでした
3ヶ月前、社長は準備した説明の中でこう話していました。
「だから皆さんは、私たちが保険本業の強い利益水準を『続く(durable)』と表現するのを聞いてきたわけです」
今回、社長の説明にこの言葉はありませんでした。財務責任者は説明の中で、年初からの9ヶ月の実績について「保険本業の稼ぐ力が続くことを示している」と言っています。言葉が丸ごと消えたわけではありません。ただ、これまでの説明会で経営陣が使ってきたという「年55億ドルの保険本業の利益が続く」という、来年に向けた約束の形では、誰も言いませんでした。
💡保険本業の利益=ここでは、大きな災害と、過去の年度の保険金の見積もり直しを除いた、ふだんの保険の儲け(税引き後)。55億ドルは1ドル150円で約8,250億円です。
そこを、質疑応答の最初の質問が突きました。
「55億ドルの保険本業の利益が続くことについて、これまで話してこられました。今回は、それをはっきりとはもう一度聞きませんでした」
社長の答えは、強い言葉でした。
「保険本業の利益が続くことは、はっきりと改めて申し上げます」
理由として挙げたのは、会社が昔より大きく、利益率も高くなったこと、競争上の強み、AIの機会、そして規模がますます効くという見方です。
続けて、財務責任者が付け加えました。
「それは、この数字が少しも上下しないという意味ではありません。社長がこの指標について言ってきたもうひとつのことは、2027年がそれより少し高いのか、少し低いのか、横ばいなのかは分からない、ということです」
そのうえで、「いまいるのは、昔とはまったく別の郵便番号の場所で、それが変わりそうな理由は見当たらない」とも言っています。水準がもう一段上の場所に移った、という意味の言い回しです。
社長と財務責任者が食い違ったわけではありません。言っていることは同じです。ただ、「続く」と言い切る言葉と、2027年の数字の幅は、最後までセットになりませんでした。 3ヶ月前は社長が自分から出していた言葉を、今回は聞かれてから出した。差はそこにあります。
僕がこの場面で手を止めたのは、数字がこれだけ強い四半期だったからです。運用収益が初めて9億ドルを超えた回に、社長は本業の「続く」を自分からは言わなかった。強い数字と、出てこなかった言葉。その組み合わせが、この決算でいちばん引っかかりました。
賠償責任は「まったく見られない」から「かけ続けている」へ。データセンターは保証の部門から消えました
賠償責任の保険金について。 3ヶ月前、財務責任者はこう言っていました。
3ヶ月前:「賠償責任の分野、特に上乗せの賠償責任保険と事業用の自動車保険には特に注意を払いましたが、今四半期はそこに圧力はまったく見られませんでした」
今回(社長):「状況はおおむね想定どおりですが、要因は依然として働いており、賠償責任の保険金に上向きの圧力をかけ続けています」
「まったく見られない」から「かけ続けている」へ。
💡賠償責任保険=事故で他人にけがをさせたり物を壊したりしたとき、相手への賠償を肩代わりする保険。アメリカでは訴訟の多さが保険金を押し上げています。
ただし社長は、質疑応答で「これは損害の傾向が悪化する予告か」と聞かれて、「まったく逆です。損害の環境は想定どおりで、驚きはまったくありません」と答えています。悪くなったという話ではありません。3ヶ月前の「まったく見られない」より、言い方が一段慎重になった、という変化です。
経費の見通しについて。
3ヶ月前:「通期の経費率は、前回の見通しどおり28.5%前後を引き続き見込んでいます」
今回:「通期の経費率の見通しが上がり、2026年は29%を少し下回る水準、2027年もほぼ同じと見ています」
理由ははっきりしています。保険の成績が良かったので、成績に連動する費用(利益に連動する報酬や、代理店への成功報酬)が計画より増えた。財務責任者は「喜んで受け入れる取引です」と言っています。悪い理由ではありません。ただ、見通しの数字は上がりました。
新規契約の言い方について。
3ヶ月前:「新規契約は過去最高の8億500万ドルで、前年同期比8%増でした」
今回:「新規契約は6億9,900万ドルで、前年同期比4%増でした」
「過去最高」の言葉が消え、伸び率は半分になりました。
データセンターについて。 3ヶ月前、保証(建設工事などの完成を保証する保険)の部門長は、保証料が前年同期比40%伸びた理由に「少数の大型案件」と並べて「データセンター開発向けの保証の増加」を挙げていました。今回の伸びは21%で、理由は「大型の公共・民間のインフラ案件」。データセンターという言葉は、一度も出てきませんでした。
7〜9月期の数字は、それでも強いものでした
- 中核利益 19.5億ドル、一株あたり9.18ドル(前の四半期は22億ドル、10.04ドル)
- 合算比率 86.8%、災害などを除いた合算比率 84.1%(後者は9四半期連続で86%を下回っています)
- 運用収益(税引き後) 9.08億ドル(前年同期比+7%。四半期として初めて9億ドル超)
- 正味収入保険料 115億ドル(カナダ事業を売却した後でも、わずかに増えました)
💡中核利益=会社が自分で定義した利益の物差し(non-GAAP)。保有する投資の売却損益などを除いています。会計基準どおりの純利益とは別の数字です。
19.5億ドルは1ドル150円で約2,900億円です。これで6四半期続けて、四半期の中核利益が10億ドルを超えました。
一株利益は前の四半期から下がっています。7〜9月期は竜巻や雹(ひょう)などの災害損失が5億3,800万ドルあり、年に1度のアスベスト関連の見直しで2億9,500万ドルの費用も計上しました。前の四半期の合算比率は83.6%でしたから、そこから上がっています。
株主への還元は、自社株買い15億ドルと配当2億6,100万ドル。資本の側では、1株あたりの調整後純資産が172.47ドルで、前年同期から15%増えています。
見通しは、運用収益も経費率も少しずつ上がりました
この会社は、一株利益や保険料の通期見通しを出していません。出しているのは、運用収益と経費率です。
- 運用収益(債券などから・税引き後)=10〜12月期は約8.75億ドル(前回の見通しは約8.7億ドル)。2027年は36億ドル超で、今回初めて示しました。四半期ごとに約8.75億ドルから約9.65億ドルへ増えていく形です
- 経費率=2026年は29%を少し下回る水準(前回は28.5%前後)。2027年もほぼ同じ
- サイバー保険の再保険=10月から、サイバー保険のうち再保険会社に引き受けてもらう割合を増やしました。保険料は10〜12月期に約1.65億ドル、2027年通期で約2.3億ドル減ります。利益への影響は「ごくわずか」と説明しています
💡再保険=保険会社が、引き受けたリスクの一部を、さらに別の保険会社に引き受けてもらう仕組み。保険の保険です。
運用収益の見通しは少し上がり(利益には追い風)、経費率の見通しも少し上がりました(こちらは利益には逆風)。前回の見通しや市場の予想を大きく超える話は、どこにもありません。
💡コンセンサス(市場予想)=その会社を調べているアナリストたちの予想の平均。
市場の予想の平均は、一株利益で2026年が34.77ドル、2027年が30.56ドルです。周りはすでに、来年の利益は今年より小さくなると見ています。財務責任者の「2027年は高いか低いか横ばいか分からない」は、その中で出てきた言葉です。
保険料の伸びは、最後まで数字で語られませんでした
言葉は慎重になりましたが、数字は強い。それでも、この決算には確かめられていないことと、一時的なものが混ざっています。
いちばん大きいのは、保険料の伸びの見通しです。企業向け保険の2027年の伸びを聞かれた社長は、こう答えました。
「トップライン(保険料)の見通しは出しません。(中略)来年については良い感触で、楽観的です。ただ、傾向を示したり、数字を出したりするところまでは踏み込みません」
企業向け保険の更新時の保険料の変化率(値上げの幅と、契約の規模の変化を合わせた数字)は、前の四半期の4.8%から4.1%へ下がりました。財産保険を除くと7.8%から7%です。小口・中堅の企業向けも、そろって前の四半期より低くなっています。
この変化率の鈍化と、過去の保険金の見積もり(準備金)の中身は、それぞれ3人のアナリストが繰り返し聞いています。ライン別の内訳を聞かれた社長は、「1つ1つのラインについては話しません」と出しませんでした。
小口の企業向けは、前の四半期に改善して今回戻しています。どちらの四半期が例外なのかと聞かれた部門長は、州ごとの料率の承認時期で振れるとして、どちらとも言いませんでした。
💡準備金=将来払う保険金のために、あらかじめ積んでおくお金。見積もりより保険金が少なく済むと、積みすぎた分が利益に戻ってきます。
数字を押し上げたものも、いくつかあります。
- 過去の年度の準備金の見直しで、差し引き2億3,400万ドルの利益(アスベスト関連の費用を除いた企業向けだけで3億3,600万ドル)
- 個人向けの自動車保険で、今年の前の四半期分を見積もり直した約1.5ポイントの改善
- 債券以外の投資の好成績(社長は運用の結果を「過去最高」と表現)と、自社株買いによる一株利益の押し上げ
準備金の取り崩しについて、財務責任者は「保守的に積んでいた」という言い方を退け、不確実さに備えて残している、と説明しました。そして「船の反対側へ駆け込んだわけではありません」。見積もりの考え方を変えたわけではない、という意味です。
もうひとつ。7〜9月期に金利が大きく上がったので、保有する債券の含み損が、6月末の税引き後20億ドルから9月末の64億ドルへ膨らみました。会社は「金利によるもので、信用の質によるものではない」「債券は基本的に満期まで持つ」と説明し、同じ金利上昇が今後の運用収益の追い風になるとも言っています。
なぜいま、2つの財布の向きが分かれているのか
理由は、保険料の値段と金利が、別々の方向に動いているからです。
1つ目の財布、保険そのものの儲けは、値上げが通っていた数年間の成果がまだ残っています。災害などを除いた合算比率が9四半期続けて86%を下回っているのは、その表れです。ただ、値上げの勢いは弱まっています。財務責任者自身が「価格の伸びが緩やかになる中で」と言い、個人向けの自動車保険では更新時の保険料の変化率が「わずかにマイナス」になりました。利益率が高い時期が続くと、保険料は下がる方向に向かいます。
2つ目の財布、運用は逆です。7〜9月期に新しく買った債券の利回りは、手持ちの債券の平均より約1.2ポイント高い。満期が来るたびに、より高い利回りに入れ替わっていきます。2027年の運用収益が36億ドル超という見通しは、この入れ替えの積み上げです。
💡利回り=債券を持っていると、1年でいくら利息が入るかの割合。
では、AIはどこに効くのか。アナリストから「コスト削減を値下げに回してシェアを取るのか」と聞かれた社長は、ソフトウェア開発の単価、事故受付の人件費、契約の管理コストが下がったと例を挙げ、こう答えました。
「最初の効果は経費と損害率に出ます。つまり利益率に表れます。そして時間をかけて、それが成長につながっていきます」
金額は示していません。効くのはまず利益率で、保険料の伸びはその後。今回の決算は、その順番どおりの姿でした。
2027年の数字を、社長が自分から出すかどうか
今回の読みは、「保険本業は高い水準のまま横ばいで、伸びているのは運用の財布。言葉は、来年について少しずつ幅を持たせる側へ動いた」です。これが外れていたと分かるのは、次のような形です。
- 災害などを除いた合算比率が86%を超える(9四半期続いた水準が途切れる)
- 賠償責任の保険(一般賠償や事業用の自動車保険)で、過去の年度の見積もりが足りなかったと判明し、準備金を積み増す
- 財産保険を除いた企業向けの更新時の保険料の変化率が5%を割る
良い方へ外れる形もあります。新規契約の伸びが戻り、「過去最高」という言葉が説明の中に帰ってくること。そして、社長が質問される前に、自分から「続く」と2027年の話をすることです。
ここに書いたのは、2026年10月16日の説明会までに分かっていることだけです。2027年の保険本業の利益は、会社自身が「分からない」と言っている数字です。
3ヶ月前は社長が自分から出していた言葉が、今回は質問への答えとして出てきました。言葉の強さは変わっていません。変わったのは、誰が先に口にしたかです。
これは今この時点での僕の見立てで、1回の説明会だけで向きを決めるつもりはありません。次の説明会で、社長が準備した説明の中に「続く」が戻ってくるのか。僕が次に開くのは、その一文です。
※この記事は、決算説明会の原文をAIで読み解いて書き、複数の検査(事実照合・表現・法務)を通したうえで公開しています。
※本記事は、決算説明会での経営陣の発言と公表数値を自分の言葉で整理したものです。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。