半導体の会社が、お客さんに向かって「来年から値段を上げます」と言い、それが通る。ふつうは起きません。お客さんがTSMCやサムスン、インテルのような巨人なら、なおさらです。
それが、3ヶ月のあいだに起きていました。オランダの半導体製造装置メーカー、ASMLの話です。
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※この記事で扱うのは、2026年10月14日に行われた、2026年7〜9月期(第3四半期)の決算説明会です。会社の開示と、その場での経営陣の発言に基づく事実で、僕の予測ではありません。次回の決算日は会社の発表待ちです。
💡決算説明会=決算発表の後に、経営陣が投資家やアナリストに向けて説明し、質問に答える電話会議。発言はそのまま記録に残ります。
その前に——「露光装置」って、何をする機械でしょう
ASMLが作っているのは、半導体そのものではありません。半導体の回路を、シリコンの円盤(ウエハー)に焼き付ける機械です。
名前に「露光」と付くので難しく聞こえますが、やっていることは写真の焼き付けに近いものです。昔のフィルム写真は、ネガに光を当てて印画紙に像を写しました。露光装置も同じで、回路の原版に光を当て、その像を縮めてウエハーに写します。違うのは細かさで、髪の毛の太さの数千分の一という線を、何十層も重ねて、1枚のずれもなく焼かなければいけません。
線を細くするには、光の波長を短くするしかありません。ふつうの露光装置は深い紫外線(DUV)を使います。ニコンやキヤノンも作っている種類の機械です。ASMLはそれに加えて、さらに波長の短い極端紫外線(EUV)を使う装置を作っています。最先端のスマホ向けチップやAI向けの半導体、そして最新のメモリの多くは、このEUVで作られるようになっています。
💡low NA と High NA=どちらもEUV装置の世代の呼び名。いま量産で使われているのがlow NA、さらに細かく焼ける次の世代がHigh NAです。
この記事の結論に効くのは、ここです。最先端の半導体をもっと作りたい会社は、まずこの機械の順番待ちに並ぶことになる。 工場をいくつ建てても、焼き付ける機械が届かなければ、ラインは動きません。だからASMLの決算は、AI向け半導体がこの先どれだけ作られるのかを、製造の一番上流から映します。
3ヶ月前「明日すぐではない」と言っていた値上げが、まとまっていました
前の四半期、財務責任者は値上げについてこう話していました。
3ヶ月前:「それが、いまお客様と進めている話し合いです。申し上げたとおり、明日すぐ、ではありません」
今回、同じ財務責任者の答えは一言で済みました。
今回:「その話し合いは完了しました。そして実際に、お客様にとって最も重要な製品の値上げにつながりました」
「進めている」から「完了した」へ。対象は全製品ではなく「最も重要な製品」です。効き始める時期も、はっきり言いました。2026年の数字には出ない。2027年に一部が出て、本格的に効くのは2028年から。
「2027年にも多少の影響は見えるでしょう。ただ、本格的な効果が出始めるのは、2028年からです」
もうひとつ、会社は自分で釘を刺しています。この値上げを毎年繰り返すつもりはない、と。一度きりの値付けの見直しで、値上げを商売の柱にする話ではありません。
「需要はまだ揺れている」が、「2028年まで供給が追いつかない」に
言葉がいちばん大きく動いたのは、需要の見え方です。
3ヶ月前(社長):「ただ、需要はまだ揺れ動いています」
今回(社長):「見通しが先まで伸びたことで、お客様は、自社製品への需要が少なくとも2028年まで供給を上回ると結論づけました」
主語に注意してください。「2028年まで足りない」と結論づけたのは、ASMLではなくお客さんです。そのお客さんの動きも、具体的に語られました。
「2028年向けの受注が増えています。さらにお客様は、2029年、さらには2030年の発注にも関心を示しています」
3年後、4年後の機械の注文を、もう出したがっている。会社の能力計画も、それに合わせて上に動きました。前の四半期は「2028年に生産能力を30%増やすことを検討している」でした。今回は、2027年と2028年の今の生産計画ではお客さんの需要を満たしきれないと見ていて、2028年はその30%の上を検討している、という言い方になっています。
次の世代の装置にも、日付が付きました。3ヶ月前は「量産に入れる水準へ、成熟度が上がってきている」という言い方でした。今回は、サムスンが2028年、TSMCが2030年に、High NAを量産に入れる計画を表明したと社長が紹介しています。インテルはHigh NAで焼いたウエハーが100万枚を超えました。
7〜9月期、売上は過去最高でした
- 売上 116.6億ユーロ(過去最高。会社の見通し110億〜120億ユーロの上寄り)
- 粗利率 57.5%(会社の見通しは55〜57%)
- フリーキャッシュフロー 114億ユーロ
- 一株利益 12.95ユーロ(会社発表の数字。後で書くミストラルAIの評価益を含みます)
💡粗利率=売ったお金のうち、製造の原価を引いて残る割合。
💡フリーキャッシュフロー=本業で入った現金から、設備投資などを引いて手元に残る現金。
1ユーロ180円で計算すると、四半期の売上は約2.1兆円です。
売上のうち装置本体(システム)は84億ユーロで、EUVが41億ユーロ、EUV以外が43億ユーロ。お客さんの内訳はロジック(演算用のチップ)が54%、メモリが46%でした。量の面では、2026年のlow NA EUVの出荷が約65台の見込みで、2025年の44台から大きく増えます。
ただ、良い数字の中身は分けて見ておく必要があります。これは後の節で書きます。
通期の見通しは、下限だけが上がりました
2026年通期の見通しは、売上が440億〜450億ユーロ、粗利率は約56%。前回は430億〜450億ユーロ、54〜56%でした。
💡ガイダンス(見通し)=会社が自分で出す業績予想。
上がったのは下限だけで、上限の450億ユーロはそのままです。真ん中で比べると440億から445億へ、1%強の引き上げにとどまります。市場の通期予想の平均は440.5億ユーロでしたから、新しい見通しの真ん中は、それをわずかに上回る程度です。
💡コンセンサス(市場予想)=その会社を調べているアナリストたちの予想の平均。会社が「445」と言っても、周りが「440」と思っていたなら、上回った幅は5しかありません。
10〜12月期の見通しは、売上142億〜152億ユーロ、粗利率約57%。売上は7〜9月期から2〜3割増えるのに、粗利率は57.5%から少し下がります。理由を聞かれた財務責任者は、生産を急に増やすための費用(ランプ費用)だと答えました。
中身では、向きが割れています。既存の装置の保守や性能向上の伸びは「30%超」から約50%へ上がりました。一方で、EUV以外の装置の伸びは「約25%」から「約20%」へ下がりました。 伸び率で見ると、メモリ向けが約75%、ロジック向けが約10%。今年の成長は、EUVとメモリに偏っています。
「2027年はほぼ埋まった」が、今回は出てこなかった
言葉は強くなりました。それでも、この決算には確かめられていないことと、一時的なものが混ざっています。
3ヶ月前、財務責任者はこう言っていました。
「2027年については、low NA EUVの受注で、ほぼ埋まった状態に近づいています」
この受注の埋まり具合が、今回は語られていません。需要の言葉がここまで強くなった回に、いちばん具体的だった数字の物差しが消えています。
そして、質疑応答の最初の質問がまさにそこでした。2027年に何台出せるのか。社長の答えはこうです。
「2027年や2028年について、新しい数字は出しません。出すにはまだ早すぎるからです」
2028年に140〜150台は可能か、供給網はついてこられるか、と別のアナリストからも同じ論点が続きました。返ってきたのは「全力で増強している」「供給網とは検証済み」という説明で、台数は最後まで出ませんでした。受注の金額も、会社は開示していません。
数字の側にも、一時的なものがあります。
- 7〜9月期の純利益には、AI企業のミストラルAIへの投資の評価益が約5億ユーロ含まれています。一回限りです
- 粗利率が見通しを上回った主因は、利益率の高い既存装置の性能向上が約4億ユーロ上振れしたこと。財務責任者自身が、ここは粗利率を左右する「振れやすい要素」だと認めています
- フリーキャッシュフロー114億ユーロは、お客さんから先に受け取ったお金(前受金)のタイミングに左右されます
一株利益12.95ユーロには、この評価益が入っています。値上げの効果は、まだ今期の数字に1ユーロも入っていません。良くなったのは言葉と先の約束で、今期の数字そのものは、見通しの範囲を少し上に出た程度でした。
それでも、水増しの心配には、具体的な答えがありました。供給が足りないとき、お客さんは必要以上に注文を入れがちです。それを聞かれた財務責任者は、発注書には「痛みを感じるだけの前受金」と解約の費用が付いていると説明しました。そのうえで、2029年と2030年の発注書はまだ受け取っていないと言っています。全体の需要と自社の能力を突き合わせ、特定のお客さんを締め出さないためです。注文を断っている側の言葉として、僕はこれを重く見ました。
なぜいま、作る側が値段を決められるのか
理由は、お客さんの側にあります。
先端のロジックでは、サムスンとTSMCが次世代のHigh NAを量産に入れる年を口にし始めました。メモリでは、社長がDRAMでlow NA EUVの新しいお客さんが出てきていると話しています。今年のメモリ向けの伸びが約75%というのは、この動きの数字です。ロジックとメモリの両方で、同じ機械の順番待ちが長くなっている。だから2029年、2030年の注文の話が出てきます。
💡DRAM=パソコンやサーバーの作業用メモリ。AI向けのサーバーでは、この大容量版が大量に使われます。
作る側の天井は、自社と部品メーカーがどれだけ速く増産できるかです。社長は、供給網の課題は「毎年30%ずつ増やせるかどうか」だけだと言い、2026年にEUVを50%増やした実績を挙げました。光学系を担うドイツのツァイスについても、2028年に30%を超えて増やしてもボトルネックにはならないと答えています。2027年初めから少しずつ導入する次の装置では、1時間に焼けるウエハーの枚数が今の230枚から260枚へ上がる予定です。
つまり今のASMLは、売れるかどうかではなく、どれだけ作れるかで売上が決まる局面にいます。需要が制約になっていない会社だから、値上げの交渉が「完了」まで進みました。
次の決算で見るもの
今回の読みは「言葉は2028年まで強気に切り替わった。ただし数字の裏づけは、値上げも能力増強も2027年以降に先送りされている」です。この読みが外れていたと分かるのは、次のような形です。
- 10〜12月期の売上が、会社の見通しの下限142億ユーロに届かない
- 2027年1月に出る見通しで、2027年の生産能力+30%の計画が撤回・縮小される
- low NA EUVの出荷台数の増加が、計画より小さくなる
もう一つ、良い方へ外れる形も見ています。今回語られなかった2027年の受注の埋まり具合が、次の回で「埋まった」と数字つきで戻ってくれば、言葉の強さに裏づけが追いついたことになります。
ここに書いたのは、2026年10月14日の説明会までに分かっていることだけです。値上げの効果も、2028年の能力も、まだ数字にはなっていません。
3ヶ月前は「明日すぐではない」と言っていた話が、今回は「完了しました」になっていました。この差は、次の決算で数字に変わるのか、言葉のまま残るのか。1月の見通しが出たら、その答え合わせを書きます。
※この記事は、決算説明会の原文をAIで読み解いて書き、複数の検査(事実照合・表現・法務)を通したうえで公開しています。
※本記事は、決算説明会での経営陣の発言と公表数値を自分の言葉で整理したものです。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。