CPI、月末フロー、金利差──いまドルを買う根拠はイベントの確率ではなく、動いたときの“非対称性”にあります。USDJPY・AUDUSD・EURUSD・EURCHF、それぞれの構図を丁寧に読み解きます。
ドルロングに傾き始めた理由
まず、いまの相場で一番意識しているのは、CPI(米消費者物価指数)やPCE(個人消費支出デフレーター)などのインフレ指標が再び市場を動かす局面にあることです。FRB(米連邦準備制度)はFF金利(政策金利)を据え置いていますが、市場では「次の動きは利下げ」という見方が定着していて、すでに2回分ほどの利下げを先取りしています。つまり、投資家の多くはドル安方向にポジションを傾けている状況です。
この状態でCPIが予想より強く出た場合、どうなるでしょう。利下げ期待が後退し、ドルが買い戻される可能性が高い。逆にCPIが弱めに出た場合は、すでにある程度織り込み済みなので、反応は鈍くなりやすい。これが「非対称性(asymmetry)」というやつです。確率ではなく、反応の大きさに注目する。勝率よりも、値幅で優位性を作る考え方です。
さらに、CPIの発表と重なる時期に「企業の月末フロー」が入ってくることも、ドルのサポート要因になっています。9月末もそうでしたが、月末は多くの企業や年金がポートフォリオをリバランスする時期で、ドル需要が増えやすい。需給面で「ドルの買い手が多く、売り手が少ない」状況になることがあるんです。こういうタイミングでは、ファンダメンタルズよりもフローが短期的な値動きを主導します。
全体の相場観:米金利と日本の金融政策
米国側では、ISM(米製造業・非製造業の景況感指数)やS&P Global PMI(速報/確報)などの指標も軟調気味で、景気の減速は意識されています。ただ、FRBは「2%のインフレ目標」を重視しており、PCEやCPIが再び上向く兆しが見えれば、利下げに踏み切ることは難しくなるでしょう。NFP(雇用統計)の賃金データもまだ粘り強く、簡単に緩和方向にはいかない構造です。
一方、日本側では、日銀が利上げするシナリオはほぼ見えません。新政権の発言を聞いても、「物価高には財政で対応する」という方針が明確です。ガソリン税の廃止や電気・ガス料金の補助、介護・医療分野への前倒し補助など、家計と企業を直接支える政策が中心で、金融引き締め(利上げ)によって物価を抑えようとする発想は感じられません。
つまり、日銀が金利を上げる可能性は低い。FRBは利下げに慎重、日銀は利上げに慎重。この金利差が維持されると、ドル円(USD/JPY)は自然と上方向にバイアスがかかります。実際、投資家の中でも「152円~155円」を上限とする見方が増えていますが、イベント次第ではそのレンジを試す局面もあるかもしれません。
実際のトレードプラン(短期2週間想定)
ここからは、実際に僕が考えているポジション構成をまとめておきます。いずれもイベントと月末フローをまたぐ2週間程度のタクティカルなスイングトレードです。
USD/JPY(ドル円)ロング
149.80を下回ったら終了。ターゲットは155。CPIや月末フローの上振れ時に、ガンマの買い戻し(オプション市場の反応)で155円方向まで伸びる可能性を見ています。BOJが利上げに踏み切らない見通しも追い風。日銀が動かない間は「買われる通貨」と「動かない通貨」の構図が続きそうです。
AUD/USD(豪ドル/米ドル)ショート
0.655あたりを上回ったら終了。ターゲットは0.635あたり。ドル高の流れに素直に乗る構成。カナダ中銀(BoC)は雇用とインフレがまだ強く、追加利下げに躊躇しそうなため、代わりに豪ドルを売る方がシンプルだと判断しました。オーストラリアは住宅市場が弱く、外部からのドル高圧力に対して脆弱です。
前回はUSDCADのロング狙いに言及してましたが、AUD/USDでドルロングを狙う方針に変更しました。
EUR/USD(ユーロ/米ドル)ショート
1.1710当たりを上回ったら終了。ターゲットは1.14ぐらい。全体としてユーロ圏の指標(特にS&P Global PMI)が弱く、ECB(欧州中央銀行)も慎重姿勢。1.15を割り込むと、テクニカル的にも売りが加速しやすい地合いです。
EUR/CHF(ユーロ/スイスフラン)ショート
この通貨ペアは、普段あまり話題になりませんが、いま非常に面白い位置にあります。0.9200付近──ここは過去何度もスイス国立銀行(SNB)の介入期待で支えられてきたラインです。市場参加者の多くが「この辺りでは止まるだろう」と信じて買いを入れているはず。つまり、いまのEUR/CHFは「みんなが買いたがる場所」に差し掛かっているわけです。
こういうときに僕が注目するのは、「もし割れたらどうなるか」です。長く守られてきたサポートが崩れると、買いのストップロスが一気に連鎖し、短時間でズバッと落ちることがあります。ふだんは値動きの少ないペアでも、そういう瞬間は一変して荒れます。今回のターゲットは0.9110あたり。仮に0.9200が割れれば、その水準まで数時間で走る可能性もあります。
もちろん、SNBの存在を軽視するつもりはありません。過去にもフラン高を嫌って介入したことがあり、今回も0.91台に入ると反発するリスクは十分あります。だからこそ、利食いは指値で早めに入れておくつもりです。ブレイク直後の動きで欲張らず、ストップが走る瞬間を取って、あとは逃げる。それくらいのスタンスが現実的だと思っています。
フローとイベントが重なる時期の考え方
こうした局面では、「どの数字が出るか」よりも「数字が出たときにどちらが大きく動くか」を考えたほうが建設的です。CPIが予想を上回ればドル高方向の反応が出やすく、予想を下回っても既に織り込み済みなので、反応が限定的になりやすい。つまり、上方向のリスクリワードが大きい構図です。
また、月末は企業やファンドのリバランスでドル買いのフローが出やすい。これは毎月起こるわけではありませんが、特定のタイミングで需給が偏ることがあります。9月末のように、ドル需要が急増して供給が追いつかない状態が再現されれば、短期的なドル上昇が起こりやすい。こうしたフローの非対称性も、テクニカルな動きを後押しします。
リスク管理やエントリーの方法
どんなに筋が通っていても、マーケットは思惑どおりには動きません。CPIが予想より弱く、利下げ観測がさらに強まると、一時的にドル売りが出る可能性もあります。その場合はストップで切るだけ。勝率を上げようとするより、損失をコントロールすることに集中します。
エントリーの方法としては、いろいろ考えられます。
単純に裁量でエントリーしてもいいし、グリッドでエントリーしてもいい。
今回私はStrategyQuantで作ったEAを対象通貨ペアの想定する方向に走らせつつ、裁量でのエントリーもしています。
日本の政策トーンと為替の温度差
最後に、日本側のトーンについてもう少し補足します。新内閣の会見を聞く限り、政府は明確に「物価高対策を最優先」としており、その中心は補助金や減税といった財政政策です。ガソリンの暫定税率廃止、電気・ガス補助、給付付き税額控除の制度設計など、家計支援に重点が置かれています。金利を引き上げてインフレを抑えるというより、「所得を増やして家計を支える」という方向性です。
つまり、日本政府の経済政策は、金融引き締めとは逆方向。日銀も独立性を保ちつつ、この流れを急に反転させることは考えにくい。結果として、「米国は利下げを急がない」「日本は利上げをしない」という構図が続く限り、ドル円は上がりやすい地合いを維持すると思います。
まとめ
まとめると、今はCPIと月末フローの2つの要因が重なって、ドルが上方向に反応しやすい地合いです。米国は利下げを織り込みすぎており、インフレ指標が少し強く出ただけでドル高サプライズになりやすい。日本は利上げの気配がなく、財政主導のインフレ対策が中心。短期的にはドルロングが合理的に見える局面です。
このトレードの考え方は、勝率狙いではなく、サプライズの非対称性を狙ったトレードです。ですので、CPIが予想よりも強い可能性が高いと言っているわけでもないし、ドルが上がる可能性が高いと言っているわけでもありません。そのシナリオが展開した時のサプライズの大きさに賭けているということを忘れないでください。
ポジションは2週間程度の短期を想定。損切りと利確を最初に決め、淡々と執行する。勝率ではなく、リスクリワードで勝ちを積み上げる。相場に完璧なシナリオはないけれど、こういう“非対称性”が見えたときこそ、シンプルに動けるようにしておきたいと思います。












