台湾の半導体大手TSMCが、アメリカのアリゾナ州に工場群を建てています。半導体工場は、とにかく電気を使います。
その電気を届ける地元の電力会社が、アリゾナ・パブリック・サービス(APS)です。親会社の名前を、ピナクル・ウエスト・キャピタルといいます。
■ ピナクル・ウエストの決算説明会の内容(要点)
- 次回の決算:2027年2月上旬ごろの見込み(会社の正式発表待ち)
- 今回:2026年7〜9月期・決算説明会は2026年11月3日
- 3ヶ月前は「いま詰めている」、今回は「10月に署名した」
- 売れた量は+9.5%。利益は10セント増でした
- TSMCとの契約の金額は出ず、1株利益の速さに出てきたのは「2029年」でした
- 電気を使う側が、先にお金を出すようになりました
日足チャート(価格/出来高/RSI(2)/ニュースセンチ/RSランク)。毎日自動更新。
※この記事で扱うのは、2026年11月3日に行われた、2026年7〜9月期(第3四半期)の決算説明会です。会社の開示と、その場での経営陣の発言に基づく事実で、編集部の予測ではありません。次回の決算は2027年2月上旬ごろの見込み(会社の正式発表待ち)です。
💡決算説明会=決算発表の後に、経営陣が投資家やアナリストに向けて説明し、質問に答える電話会議(カンファレンスコールとも呼びます)。
3ヶ月前、TSMCとの話はまだ中身を詰めている途中でした。今回は署名が済んでいます。販売の見通しも、利益の見通しも上がりました。それでも説明会の質問は、祝福のあと、すぐに別のところへ向かいました。その電気は、いつ、どれだけ1株利益になるのか。
その前に——電力会社は、電気が売れただけでは儲かりません
「電気がたくさん売れれば、その分だけ儲かる」。ふつうの会社ならそうです。APSのような規制電力会社は、そこが少し違います。
パン屋なら、小麦が値上がりすれば次の日にパンの値段を変えられます。規制電力会社は、料金を自分で決められません。地域に電気を届ける役目を担う代わりに、料金は州の委員会の審査で決まります。発電所や送電線に投じたお金に、認められた範囲の利益を乗せて回収する、という考え方です。
日本の大手電力にも、似た仕組みがあります。家庭向けの「規制料金」を値上げするには、国の認可が要ります。2023年の値上げのとき、審査のニュースを目にした方もいると思います。
💡レートベース=料金を計算する土台になる、電力会社の設備の額。ここが大きくなるほど、回収できる額も大きくなります。
この仕組みには、避けられない順番があります。設備を先に建て、借金や増資でお金を集め、料金で回収するのは後。 需要がどれだけ急に伸びても、この順番は変わりません。
だからこの会社の決算は、2つに分けて読むことになります。電気の需要は、もう動いています。1株利益に届くのは、料金が追いついてからです。
3ヶ月前は「いま詰めている」、今回は「10月に署名した」
いちばん変わったのは、TSMCについての言葉です。
3ヶ月前(CEO):「この追加投資(TSMCがアリゾナに積み増した投資)が、追加の容量や、全施設の立ち上げ時期の面で何を意味するのか、いま一緒に詰めているところです」
今回(CEO):「10月に署名した当社初の直接価格契約は、25年の契約で、規制当局の承認を条件としています。完成時には、TSMCのチップ製造キャンパス全体で約1.88ギガワットの需要をまかないます」
新しく出てきた「直接価格契約」が、この先の話の中心になります。
💡CEO=最高経営責任者。CFO=財務責任者。
💡直接価格契約(DPC)=大口の顧客と個別に結ぶ電力契約。インフラ投資の負担を、前払いなどの形でその顧客が先に引き受ける仕組みが入っています。
1.88ギガワットは、大型の原子力発電所のほぼ2基分です(大型1基がおおよそ1ギガワット=100万キロワット)。それを1社の工場群に、25年。
会社が「確約済み」と数える需要も、3ヶ月前の4.5ギガワット超から、今回は5.8ギガワットへ増えました。TSMCの1.88ギガワットは、この中に入っています。
ここで注意が要ります。増えた約1.3ギガワットは、データセンターだけの話ではありません。CEOは、増えた分の少なくない部分がデータセンター以外の顧客だと説明しています。アリゾナで起きているのは、AIの電力の話だけではないようです。
販売の見通しの言葉も動きました。
3ヶ月前(CFO):「現時点で、2026年の販売成長の見通しは更新しません」「販売の伸びのレンジには、確かに上振れの余地があります」
今回(CFO):「2030年までの長期の販売成長の見通しを、5〜7%から8〜10%へ引き上げます」
余地があると言っていたものを、3ヶ月後に数字にしました。CEOの総括も、3ヶ月前の「堅実な(solid)第2四半期」から、今回は「強い(strong)第3四半期」に変わっています。
売れた量は+9.5%。利益は10セント増でした
7〜9月期の実績です。
- 1株利益 3.49ドル(前年同期比 +0.10ドル)
- 天候補正後の小売販売 +9.5%(商業・産業向け +14.5%、住宅向け +4.5%)
- 顧客数 +1.8%
- 夏の過去最高ピーク需要を記録した日が 12日
💡1株利益=会社の利益を、発行済みの株数で割った数字。
💡天候補正後=猛暑や冷夏の影響をならして比べた数字。電力会社の販売量は天気で大きく振れるので、実力を見るときはこちらを使います。
販売の+9.5%は、前の四半期の+9.6%に続くものです。CFOは「9%を超える天候補正後の小売販売の伸びは、これで2四半期連続です」と言いました。商業・産業向けは+12.7%から+14.5%へ加速しています。
しかも3ヶ月前の時点で、TSMCの分は大半がまだ実績の外にありました。そのときのCEOの言葉です。
「TSMCの寄与は大きいのですが、その圧倒的な大部分は、まだ販売の伸びの実績には表れていません」
通期の見通しはこうなりました。2026年の小売販売の伸びは、4〜6%から 8〜10% へ。1株利益は4.55〜4.75ドルから 5.05〜5.25ドル へ。中央値で0.50ドル(+10.8%)の引き上げです。3ヶ月前の時点でも会社はレンジの上限で着地すると言っていましたが、その4.75ドルと比べても、今回の中央値5.15ドルは0.40ドル上です。
💡ガイダンス=会社が自分で出す業績の見通し。
💡コンセンサス=その会社を調べているアナリストたちの予想の平均。ガイダンスが本人の申告なら、コンセンサスは下馬評です。
下馬評も超えました。2026年の1株利益の市場予想は平均4.83ドル(11人、4.67〜5.30ドル)で、新しい中央値はそれを約6.6%上回ります。
ここに、ひとつ落差があります。通期の見通しは0.50ドル上がったのに、7〜9月期の1株利益の増加は0.10ドルでした。 同じことをアナリストも質問しています。CFOの答えは「引き上げは根本的には、想定を上回った販売の伸びによるものです」「天候の恩恵も、多少は入っています」。
販売が伸びても四半期の増益が小さかった理由は、はっきりしています。金利と減価償却が増えました。そして、株を発行しました。
💡ATM(アット・ザ・マーケット)=市場で少しずつ新しい株を売って資金を集める方法。新株が増えるので、利益の総額が同じなら1株利益は薄まります。
ATMによる株式の発行は、年初来で約9.2億ドル(1ドル150円で約1,380億円)です。このうち7〜9月期が約2.35億ドル。さらに社債を7億ドル発行しました。前のほうで書いた順番のとおりです。建てるのが先で、お金を集めるのも先です。
TSMCとの契約の金額は出ず、1株利益の速さに出てきたのは「2029年」でした
良い話が多い回でしたが、数字が出なかったところがいくつもあります。
契約の金額と、1株利益への道筋です。 TSMCとの契約の金額は示されませんでした。あるアナリストが、前払いで必要な資金のどれくらいをまかなえるのか数字で聞きましたが、CEOの答えは「時期と進み方については、案件ごとに固有のものになります」まででした。
資金調達も先送りです。最初の質問が追加の株式発行についてで、CFOは「資金調達については、料金改定の手続きを終えた後に、資本計画の更新と合わせてお伝えできます」と答えました。
続く別のアナリストは、レートベースの伸び7〜9%に対して1株利益の伸びは5〜7%と、これまで約2ポイントの差があったことを挙げ、それがどこまで縮むのかを聞いています。土台の伸びほどには1株利益は伸びない、という指摘です。答えは「認められたリターンから0.5ポイント以内で稼ぐ」という従来の目標の再提示でした。州の委員会が認めた利益率に、実際の利益率を0.5ポイント差まで近づける、という意味です。CFOは、約2ポイントの差は縮む方向だとは言いましたが、縮む幅の数字はありません。
肝心の速さについて、CFOが示した年があります。料金を計算式で毎年反映していく新しい仕組み(フォーミュラ料金)について、「実質的には、2029年が通常の水準になります」。 説明会の時点で、料金改定の審査はまだ決着していません。
20ギガワットの未確約分です。 確約済みの外に、話が進むかもしれない需要が20ギガワット超あります。3ヶ月前は「詳しくお話しするには早すぎます」。今回も「直接価格契約に結びつくかどうかを言うには、まだまったく早すぎます」でした。直接価格契約を他の大口顧客へ広げられる設計にしたとは説明しましたが、この分については前に進んだ言葉が出ていません。
3ヶ月前の具体が、今回は出ていません。 全電源の入札(RFP)について、前回のCEOは「年内には一部の資源を契約できる見込みです」と言っていました。今回、締結の報告はありません。もっとも年末はまだ来ていないので、これは遅れではなく未確認です。
今年の数字には、天気が入っています。 CFOの言葉は「第1、第2、第3四半期と、天候の押し上げがありました」。7〜9月期は毎月、冷房の需要を示す指標が前年を上回りました。
住宅向けの言い方も変わっています。3ヶ月前のCFOは、住宅の伸びの一部は顧客の行動で、一部は「使用量が増えていく構造的な流れ(secular trend)」だと説明していました。今回、構造的な流れという言葉は出てきません。出てきたのは前半のほうです。「その一部は、顧客の行動によるものだと考えています」。3月の猛暑で冷房を早く入れた人たちが、「どうやら、そのまま切らなかった」。そして来年は、住宅の使用量が平常に戻る前提に置いています。
猛暑の分は、聞かれて会社が認めました。その上で会社は、2030年まで8〜10%という見通しを、今年の猛暑の延長には置いていません。大口の商業・産業向けの寄与を、2026年の5〜7%から、2030年までの見通しでは7〜9%に置いています。同じ8〜10%でも、中身は大口の顧客へ寄っていきます。
電気を使う側が、先にお金を出すようになりました
なぜアリゾナの電力会社で、いまこれが起きているのか。
ひとつは、建つものの幅です。説明会では、TSMCのほかに、半導体の組み立て・検査のアムコー・テクノロジーや、消費財のキンバリー・クラークの名前が挙がりました。天候を除いた住宅向けも+4.5%、顧客数は+1.8%で増えています。半導体、データセンター、製造業、住宅が、同じ送電網に載っています。
電気の量も見えてきました。会社が提出した長期の電源計画では、2041年までに必要な新しい電源は約15ギガワットです。発電の容量だけで比べれば、大型の原発15基分です。
この約15ギガワットは、確約済みの需要だけを前提にした数字です。20ギガワット超の未確約分は入っていません。データセンターなどは、契約が取れてから上に足すと説明しています。
もうひとつが、お金の出し方です。さっきの順番を思い出してください。需要が大きくなるほど、電力会社は先に大きなお金を集める必要があり、そのぶん株も増えやすくなります。TSMCとの契約は、そこに手を入れるものです。
顧客からの前払いなどが電力会社の外部調達を減らす、とCFOは説明しています。電気を使う側が、建設の資金を先に負担する形です。ただし、どれだけ減るのかは、まだ数字がありません。 1件目の契約の効き方が見えないうちは、次の契約の価値も測れません。
アリゾナ州の委員会の判断と、2月の説明会で分かること
需要は約束に変わりました。それが1株利益に変わる速さは、まだ決まっていません。 約束にも速さにも、崩れる形があります。確かめることを並べます。
- アリゾナ州の委員会が、TSMCとの直接価格契約を承認するか
- 年内に見込まれる料金改定の決定で、フォーミュラ料金が認められるか。認められなければ、2029年という年の前提が崩れます
- 10〜12月期の天候補正後の小売販売が、+8%を下回らないか。下回れば、8〜10%の見通しに疑問が付きます
- 次の説明会で更新される長期の財務見通しが、レートベースの伸びと1株利益の伸びの約2ポイントの差を縮めるものか
2番目までは、説明会の外で決まります。3番目と4番目は、次の説明会で分かります。CEOは長期の財務見通しを次の説明会で更新すると言い、料金改定の決定の後に臨時の説明会を開くかと聞かれると、いまは2月の説明会を使うつもりで、決定の時期を見て考えると答えました。
11月3日の時点で分かっているのは、署名が済んだことと、その金額が語られなかったことです。承認も、料金も、株数も、これから動きます。2月の説明会で、金額が出るのか、また「案件ごとに固有」で終わるのかを見ます。
※本記事は、決算説明会での経営陣の発言と公表数値を自分の言葉で整理したものです。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。